園長ブログ

協力する力

2013/12/04

子育てにしても、介護にしても、ひとり1人を尊重して、ひとり1人の幸せのためには何が必要かをみんなでしっかりと考え、それを満足させるしくみを作っている国というイメージをオランダに持ちました。もともと、欧米は個人主義が思考のベースにあり、個人を大切にするとも考えられますし、個人を大切にするためにみんなが話し合ってルールを決め、しくみを作ることが行いやすいのかもしれません。

以前、オランダの Earth Games という会社の方が、来園されたことがありました。この会社は、みんなで協力する楽しさを味わうためのボードゲームを製作販売したり、協力協調のためのワークショップを行うなどの活動をしています。その時に保護者のご協力をお願いして集まっていただき、この会社の方に講師をお願いしてワークショップを開きました。みんなで話し合い協力して、出された課題に挑戦してゆくというワークショップで、皆さんとても楽しんで取り組んでくださいました。その中のワークショップの一つに、床にガムテープを貼って、迷路を作り、そこを目隠しをしてまわりの人の助け(どっちに行くと良いのかのアドバイス)を頼って進んでゆくというゲームがありました。準備のために床にガムテープを貼る場面があったのですが、講師の方がテープを貼るのを手伝ってほしいのですが。とおっしゃるとすぐに何人かの保護者がテープを床に貼りはじめてくださいました。私にとってはごく普通のことでしたが、あとで講師の方と話していたら、日本の方がとても協力的、協調的なのには驚いたとおっしゃったのです。どうしてなのかと思って尋ねたら、オランダで同じワークショップを行い、お手伝いを依頼するときは、「あなた手伝ってくれますか」といった感じで指名して初めて手伝ってもらえるのだが、日本では手伝ってほしいと言っただけで、複数の人が協力して手伝ってくれたから驚いたとおっしゃったのです。このことばを聞いて、逆に私が驚くとともに、日本にはもともと協調性や協力する文化が深く根付いていることを改めて感じました。

大切にすべきもの

2013/12/03

オランダの認知症施策についてほんの少し知るなかで、認知症になった人をケアする制度が、本人の希望を最大限に優先し、介護者である家族も同時に支援してゆく、そのことでみんなが安心でき、結果的に本人の認知症の中核症状は進んでも、心理・行動症状がひどくなることが少なく、本人が穏やかに過ごせること、家族も幸せに暮らせすことができるように感じました。

教育においても、どんな子どもでも、ひとり1人が最も発達できるよう、自ら学ぶ力をつけ、自分の幸せに向かって人生を切り開いてゆくことができるように、考えたしくみが作られているように思います。そうして育った子どもたちは、自分が幸せであると同時にみんなの幸せに貢献できることを学び、そうすることに価値を感じられるように育つのでしょう。

大人が子どもを管理し、一斉に画一の方法で知識を詰め込み、知識の量だけで子どもを比べるような教育で、子どもは本当に幸せになれるのでしょうか。子どもたちの様々なストレスが、子どもをとりまくいろいろな問題となって溢れているように思えてなりません。ひとり1人の子どもが現在を最も良く生きることが、望ましい未来を作り出す力になるのです。今こそ、子どもが現在を最も良く生きるためには何が必要かをしっかりと見据え、それを形にするためのしくみを考えなくてはなりません。見つめるべきは子どもです。ひとり1人の子どもの育ちです。全てをそこから考え、本当に子どものためには何が必要かを議論し、そこを明確にした上で、そのためのしくみを作らなくてはならないのです。たとえそのために今、手間やコストがかかり、回り道のように見えても、それは長期的な視点からは、プラスになると思います。ひとり1人の子どもが望ましい未来を作り出す力を備えるのですから。

ただ、望ましい未来というのが、均質な労働力としての人を育てることだったり、まるで全体主義のように、言われたことに従順に従う人を育てることなのであれば、話はまるで違ってきますが・・・

ひとりひとりを大切にする国

2013/12/02

オランダでは認知症のケアが進んでいることを知りました。本人と共に家族をさえるためのケアがしっかりできているのだそうです。本人が不安が少なく、できるだけ穏やかな心境で過ごせるように、そのためにも介護者である家族をしっかりとサポートすることを大切にして、ひとり1人のケースに対して最も良いサポートができるようなしくみが国家プロジェクトとして作り上げられてきたようです。国家プロジェクトというと、国で決まったことが、上から下りてくるというイメージを持ちがちですが、暮らしの場である地方自治体レベルでいろんなサポートやサービスを展開してゆく必要があります。ですから、実際に現場で活動する人が専門性を活かせるように裁量権をもっていて、地域にもっとも適した、サポートが展開できるようになっているのだそうです。例えば、認知症ケースマネージャーという人がいて、本人と家族にとって必要なサポートは何かを見極め、家族に対するカウンセリングなども積極的に行っているようです。

オランダで思い出したのが教育です。オランダの教育が日本でも話題になっています。教育学者でオランダ在住のリヒテルズ直子さんが、イエナプラン教育の学校を日本に紹介しようと努力されていますし、教育評論家の尾木直樹さんがイエナプランの学校を訪れて絶賛していたテレビ番組を見たことがあります。私もオランダの教育について研修で少しだけ学んだこともありますが、子どもひとり1人がその子らしく生き、社会でより良く生きてゆくためにはどんな力が必要かという視点で、子どもの主体性、自発性を尊重した教育が行われているそうです。こどもが自ら時間割を組み、学習計画を立てて、自分で課題に取り組むなど子どもが自発的に学ぶことが中心となっているそうです。

オランダ教育の特徴の一つは、個に応じた教育ということでしょう。ひとり1人を大切にするという考え方があるのだと思います。性別や、年齢、しょうがいの有無といったことで区別するのではなく、その子に今、最も必要なことは何かが考えられ、子どもたちひとり1人が自分のペースで、自分に一番適した方法を選んで発達することができるように配慮されているといって良いと思います。

この、ひとり1人を大切にする考え方をどうすれば具体化できるのか、そのしくみを考え、実践し、それぞれに異なるひとり1人がもっとも幸福でいられるために教育や介護が為されているように感じました。

先進的な取り組み

2013/12/01

認知症になっても適切なケアがあれば、みんながそれほど困難を抱えなくてすむということが海外の事例から明らかになっているそうです。ハートネットTVの認知症シリーズの第2回では、オランダの取り組みが紹介されています。オランダでは、「認知症の人が住み慣れた我が家で穏やかに暮らせる状態を保つこと」を目標に2000年代から認知症ケアの国家的プロジェクトが進んでいるそうです。暴力や徘徊といった認知症の症状は本人の不安を取り除くことで和らぎ、家族も無理なく介護できるのだと言います。本人のケアと共に介護をしている家族もケアすることが必要なのだそうです。様々な人が連携して家族ごと支えることによって、オランででは認知症の8割の人が自宅で暮らし、そのうちの半数が一人で暮らしていると言います。

ディレクターの取材後期には、オランダを取材して、本当にこの人達が認知症なのかと疑ったと驚きのコメントが綴られています。重度の人でも穏やかに読書や散歩をして過ごしていらっtしゃることが全く信じられなくて、余命2年くらいの末期の人たちが入るという入所型の施設でも、穏やかに過ごしていらっしゃったと言います。

どうやら私の「認知症の人」のイメージそのものが、「固定概念」にとらわれていたようです。「重い人を!寝たきりの人を!」と色眼鏡で捉えようとしていた自分に反省するとともに、同じ人間なのに一体なぜこんな違いが出るのか?どうしてこんなことができるのか?という疑問からあらためて取材をし直した次第です。(ハートネットTVホームページ)オランダが認知症の早期発見と治療、そして家族支援という国家戦略をとって10年、その戦略が功を奏しているそうです。

1人ひとりの幸せをめざし、そのための仕組みをつくり、その中で様々な人がそれぞれの役割を果たし、チームとなって問題に取り組む。オランダの人々のそんな姿勢が感じられる内容です。

地域で暮らす

2013/11/30

日本でも今年度から新たな認知症施策推進5か年計画(オレンジプラン)が始まっていることは前にも紹介しました。その特徴は、認知症になっても引き続き住み慣れた地域で暮らすことができる社会の実現を目指すことです。そのためには多くの人が認知症について理解している必要がありますし、様々な機関との連携も必要になってきます。

認知症についてインターネットで調べていたら、NHKのEテレで放送されているハートネットTVのサイトを見つけました。ハートネットTVは、「生きづらさ」を抱える全ての人に向けた新しいスタイルの福祉番組。“当事者の目線”を大切に、ほかのメディアやニュースとは違う視点で掘り下げていきます。(ハートネットTVホームページより)という番組で、テーマは介護に限らず様々なシリーズで構成され、その中に認知症のシリーズもありました。2013年7月にに放送された番組「シリーズ 認知症」のアンコール放送の告知ページに番組の内容が番組ダイジェストや番組ディレクターの取材後記など、とても詳しく紹介されているので、興味深く読みました。12月にアンコール放送もあるので、見たいと思います。

ディレクターの取材後記には、認知症の当事者と、介護者の困っている状況はひとり一人異なり、千差万別。どんな症状が起こるかわからない状況に、介護者は24時間向き合っているので、多大な不安と負担になっている。そのことばかりを考えてしまい、認知症の人の立場や思いという視線、当事者の気持ちにより添う視線を持つことを忘れていた自分がいた。というコメントがありました。「同じ人間なのに、介護者、当事者と、立場を変えて考えるだけで、捉え方が違ってくる」認知症に向き合うことの難しさを痛感した瞬間でもありました。(ハートネットTVホームページ)

立場を変えて考えてみることが大切なのはわかっていますが、難しいと思います。もし自分だったらという目線で見てみると、それまで介護者目線で見ていた自分の考えが受け入れられなくなった。とこのディレクターの方は言っています。このように誰かの立場になってみることができると、自然に寄り添うことができそうです。認知症になっても引き続き住み慣れた地域で暮らすことができる社会の実現のためには、認知症の方やその家族の気持ちに寄り添い、サポートする人がたくさんいると良いのではないでしょうか。

支える

2013/11/29

認知症の人が迷子になっているのに叱ったり、自分では家に帰るのだと思って出かけようとするのを無理に止めたりすると、本人は辛い思いをしてしまいます。本人には本人の理由がります。また、鍵をかけて家から出られないようにすると、とてもストレスを感じ、そのことで症状が悪化することもあるそうです。

迷子になりやすいなら一緒に買い物に行くとか、散歩につきあってあげるとかすると良いとか、出かけたと思ったら、そっと先回りして偶然会ったようにふるまい、興味の対象を変えるようなことばがけをして、本人が納得したら一緒に帰ってくると良いということがいわれます。

しかし、介護をしている人もいつもいつもそうできるわけではありません。全てを家族だけで行うことは不可能だと思います。だからこそ周りのサポートが必要になってくるのです。様々な介護サービスもそうですが、ご近所さんであったり、お店の人や駅員さんなど町じゅうに認知症についての知識を持った人がたくさんいると、迷子になっている人や、不自然に歩いている人を気をにかけること、声をかけることができますし、専門機関に連絡することも可能です。

ご近所さんが気をつけてくださっていれば、ちょっと目を話した隙に認知症の方が出かけても、あそこで見かけた、ここで見かけたという情報も得やすくなります。声をかけてくださったり、家に帰れるようにうまく促してくださる可能性もあります。みんなで見守りあえる関係性ができていると良いのだと思います。

2004年、それまで使われていた痴呆症という呼び名が認知症に改められ、それを機に2005年度から「認知症を知り地域をつくる10ヵ年」がスタートし認知症サポーター100万人キャラバンなど認知症の理解者を増やす取り組みが進んできました。
認知症について学んだ、認知症サポーターは、平成25年9月30日時点で、4,468,264人になりました。

それでもまだまだ、認知症の方とその家族を支える仕組みというのは充分とはいえないようです。

感じ方

2013/11/28

認知症の行動症状に徘徊があり、徘徊をしてしまう人は理由もなくただうろうろしているのではない、本人には本人なりの理由があるということを書きました。ただ現実の認識が実際とは異なっていることがあるので、周囲の人にはあてもなく歩き回っているように映るのです。言い換えれば、世界の感じ方が違うと言っても良いでしょうか。

しょうがいを持っている人たちの中にも、世界の感じ方が異なる人がいるといわれます。一つのものに焦点をしぼって見ることが難しく、目に映る全てのものが同じディテールを持って見えてしまったり、音が大きく聞こえてしまったり、気温の感じ方が違ったり、その違いは様々ですが、やはり違うのです。

音が大きく聞こえてしまう人に大きな声で話してしまっては、その人には耐えられないでしょう。その人に合った声の大きさで話す必要があります。

大人と子どもでは視野が異なると言われます。6歳児の場合、垂直方向の視野は大人約120度に対して70度、水平方向は大人約150度に対して90度しかないそうです。それを体験できるメガネのようなものがあります。インターネットで「チャイルドビジョン」と検索すると、自動車メーカーなどのサイトから型紙がダウンロードできるので、それをプリントアウトして組み立てれば簡単に体験することができます。

園内研修でこどもの視野を体験しようと、みんなでこのチャイルドビジョンを付けて、目の高さが子どもと同じになるように、園内を膝立ちで歩き回ってみたら、子どもってこんなふうにしか見えないんだ!と衝撃を受けました。子どもがよくぶつかるのは納得できます。これを体験した先生たちは廊下に置いてある机は危ないと言って机をすぐに片付けていました。

みんなそれぞれに、世界の感じ方や理解の仕方が違うということを念頭に置いているかいないかで、対応が大きく異なってしまいます。視野が狭くて見えない子どもに「よく見ないからぶつかるのよ!ちゃんと見なさい!」なんて叱りつけたら、子どもは悲しい気持ちになるだけです。よく見なさい。なんて言われても見えないのですから。

それぞれの世界

2013/11/27

認知症では、記憶障害、見当識障害、理解・判断力の低下、実行機能の低下などの中核症状が原因で、様々な行動・心理症状(周辺症状といわれることもある)が起こります。行動症状の一つとして徘徊と呼ばれる行動があります。「徘徊」を辞書で引くと、どこともなく歩き回ること。ぶらつくこと。(広辞苑)とあります。認知症で徘徊しているというと、あてもなく歩き回っているように感じますが、歩いている本人には本人なりの理由があるそうです。見当識のしょうがいのために、買い物に出かけたけれどもお店の場所がわからなくなったり、家への帰り道がわからなくなる、いわば迷子になっていることがあります。また、自宅にいるのに「家に帰ると」いって出て行ってしまう。よくよく話を聞いてみると、家というのは、若い頃に住んでいた家だったということがあるそうです。このように記憶があやふやになって、本人が認識している現実が実際と異なることで、起こる徘徊もあるそうです。歩いて行けるはずもない遠いところまで歩いて行こうとする人もいると聞きました。

そういえば、鞍馬でも遠くから来られたお年寄りが、保護されたという話を聞いたことがあります。

徘徊は、周りの人から見ると奇異な行動かもしれませんが、本人の中にはその人の現実、その人のとらえ方、その人の世界があり、その人の理由があるのです。
私たちはどうしても自分自身の感覚で捉え、他の人も同じように世界を捉えていると思い込みがちです。

ですから、その人の感じ方や世界があるということを考慮せずに、自分の価値観や都合だけで考えて、それを誰にでも当てはめようとしてしまいます。もちろん、相手と全く同じように感じる事はできませんが、できる限り想像を巡らすことはできそうです。

認知症

2013/11/26

そもそも認知症ってなんでしょう。厚生労働省のホームページ(http://www.mhlw.go.jp/topics/kaigo/dementia/a02.html)には、次のようにあります。

脳の細胞が壊れることによって直接起こる症状が記憶障害、見当識障害、理解・判断力の低下、実行機能の低下など中核症状と呼ばれるものです。これらの中核症状のため周囲で起こっている現実を正しく認識できなくなります。

記憶障害は文字通り覚えられなくなる症状です。経度のうちは新しいことが覚えられなくなり、さっき聞いたことが思い出せないといったことが起こります。症状が進むと、覚えていたはずの記憶も失われてゆきます。

見当識障害は、年月や時刻、自分がどこにいるかなど基本的な状況を把握することが難しくなることです。長時間待ったり、予定に合わせて準備することができなくなりますし、場所や方向がわからなくなって迷子になったりします。

理解判断力も低下して、考えるのが遅くなったり、2つ以上のことがうまく処理できなくなったり、いつもと少し違うことが起こると混乱してしまう。観念的なことと現実的なことが結びつかなくなるということが起こります。

実行機能障害はいろいろなことを計画を立てて行う事が難しくなることです。このようなしょうがいのためにその場の状況が読めなくなり、その場に応じた感情表現ができなくなってしまい、突然怒り出すと周囲の人に思わせるような感情表現をしてしまうことがあります。

これらの症状を中核症状と呼びます。この中核症状が原因となり、不安や焦り、うつ状態、幻覚、妄想、徘徊、興奮、暴力、不潔行為などの行動・心理症状が起こります。今までできていたことができなくなったり、物忘れなど認知機能の低下を自覚して、元気、やる気がなくなり、うつ状態になったりしますが、そんなときは周囲の人の対応が大切なのだそうです。失敗したときに、叱られたりとがめられたりばかりだと、ますます元気がなくなりますし、そのことが症状を悪化させることにも繋がるそうです。逆にそういう本人の状態を理解し、大丈夫だよと受けとめてあげると、症状の進行が穏やかになったり、改善したりすることもあるようです。

また、大切な物をどこにしまったのかを忘れてしまい、盗まれたと思い込んで、家族を疑うこともおこり、介護している人をはじめ周囲の人を疲弊させてしまうこともあります。こんな時は、介護している家族にも支援が必要になってきます。

いずれにしても、認知症についての正しい知識をもつことが大切です。そして本人を受けとめ、穏やかな気持ちで過ごせるような支援が必要ですし、それを行うためにも介護者である家族の負担を軽減する支援も必要になってきます。

みんなの思いやり

2013/11/25

認知症について学ぶ機会が多かったので、ブログで取り上げてきました。たまたま、テレビを見たらNHKスペシャルで「”認知症800万人”時代 母と息子 3000日の介護記録」という番組が放送されていました。元NHKのディレクターの相田さんという方が、認知症のお母様の介護の様子を3000日にわたって撮影された記録映像を見ながら専門家の皆さんが議論するという番組でした。

厚生労働省の研究班の発表では認知症高齢者の数が全国で推定462万人、予備軍も含めると800万人にのぼるそうです。

認知症になっても引き続き住み慣れた地域で暮らすことができる社会の実現を目指すため、厚生労働省では平成25年度から「認知症施策推進5か年計画(オレンジプラン)」を開始しています。(政府広報オンラインより)

オレンジプランのポイントは早期診断、早期対応と住み慣れた地域で生活をするための医療、福祉、家族支援です。施設に隔離するのではなく、地域で暮らせるようにというところが大切なのでしょう。

しかしそのためには、多くの方が、認知症に対する理解を深め、みんなが力を合わせて、認知症の方を見守るということが必要です。それが家族のサポートにもなるのだと思います。家族だけで介護しようと思うとどうしても負担が大きくなりがちですが、地域のみんなで見守ることができれば、家族も安心です。なによりも、認知症になってしまった方ご自身が住み慣れた町で安心して暮らすことができる事で、不安が少なくなり、様々な症状も軽くてすむのかもしれません。

認知症のの方をどうサポートするのか。認知症800万人時代には、しっかりと考えないといけない問題です。忘れてはいけないのは、どんな人であっても、ひとりの人として対等に接するという基本的な姿勢だと思います。子どもでも、高齢者でも、しょうがいがあるといわれる人でも。基本的にはおなじなのではないでしょうか。相手をどれだけ思いやることができるのか、相手の気持ちにより添うことができるのか、ということだと思います。

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