園長ブログ

人を思う気持ち

2016/04/11

春休みが始まって、学童保育に通ってくる小学生が増えました。多い日には30人近い子どもたちがやってきます。ただ、部屋があまり広くないので、受け入れ人数を30名に制限しています。低学年から高学年までいろいろな子が来て、思い思いに過ごします。室内では、様々なカードゲームやボードゲーム、アイロンビーズ、レインボールーム、ビーズなどの遊びがあります。もちろん本もたくさんあって、読みたい子は自由に読めるようになっています。ビーズで細かな作業をしてアクセサリーを作っている子、とても細かな塗り絵に挑戦している子、レゴブロックで一所懸命に遊んでいる子、ホントそれぞれに楽しんでいます。

3月末のある日の夕方、2年生の女の子が私を呼ぶので行ってみると、レインボールームで作ったブレスレットをたくさん腕につけています。色違いでどれもていねいに作ったようです。たくさん作ったね。とことばをかけると、それには答えず、「先生どれが好き」と尋ねます。白と水色の色合いが爽やかでシンプルなブレスレットを指さすと「じゃあ、これあげる」と自分の腕から外して渡してくれました。「せっかくがんばって作ったのに、もらってもいいの?」と聞くと、「うん!」と笑顔で答えてくれました。そう言ってくれているので、お礼を言ってありがたくいただきました。

後で、指導員の先生に聞いた話しですが、保育園の先生に作ってあげようと、何人かの女の子が相談して、たくさんのブレスレットを作っていたようです。「先生にあげると喜んでくれるかな?」「どんな色がいいかな?」といろいろと相談しながら楽しそうに作っていたそうです。「これをあげたら先生喜んでくれるかな?」と誰かのことを思いやる気持ちがうれしいと思いましたし、みんなでそれを楽しんでいるところがとてもステキですね。

20160411_人を思う気持ち

自然

2016/04/10

家ではFMラジオを聞いていることが多いのですが、主に聞いているのは、京都のFM局と大阪のFM局です。朝は京都の局を聞いていることが多いです。
朝の番組の中に、英語のコーナーがあります。とてもおもしろくて、時間が合えば聞いているのですが、なかなか聞けないのが残念です。

先日、私たち日本人がよく使う「自然」ということばを、どう英語で表すのかを伝えてくださっていました。「自然」というと “nature” という単語が浮かんできますが、自然を愛でるといった使い方の時には “nature” は少しニュアンスが異なるそうです。日本人の「自然」という言葉の使い方は、日本人は、自然を、時には牙をむくけれども、めぐみをもたらしてくれる存在という面を大切にとらえている。けれども、西洋では、自然は人間に災害をもたらすので、征服すべき存在ととらえてきた歴史、自然観の違いがあるからだ。というような意味のことをパーソナリティが仰っていました。

背景にある文化の違いが言葉に表れてくる。当然のことですが、普段日本語を使うだけでは、そこまで考えないと思いますが、文化的背景が異なる英語と比べることで、より日本語の文化的背景を意識することができるのだと思いました。

春・さくら

2016/04/09

鞍馬にも春がやってきて、桜が美しく咲きました。園庭にある山桜はずいぶん早くから花をつけていましたし、近くの桜も咲いています。お寺の本殿前には桜がたくさんあるので、どうなのだろうと見に行ってみたら。美しく咲きそろっていました。先日の風雨にも負けることなく咲いています。鞍馬では京都の市街地に比べて、少し開花が遅くなりますが、山桜や染井吉野がほぼ満開です。少し遅れて咲く八重桜も、つぼみが膨ら見始めている木もあります。自然のはお互いに関わり合いながら、季節に合わせて変化していっているのですね。

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お花見

2016/04/08

先日、とても暖かな晴れの日に、出かけることがありました。いろいろな手続きのために出かけていたのですが、賀茂川沿いを車で走っていたら、川沿いの桜が満開でした。きっとソメイヨシノが多いのでしょう。花がたくさんついていて、ボリュームのある美しさです。
鴨川沿いにはたくさんの桜が植えられていて、どの木もせいいっぱい花を咲いていました。その様子が、とても誇らしげな感じ、「咲き競う」ということばがぴったりだと思いました。
美しくた咲き競う桜を愛でる奥の人でにぎわっていました。和服姿の女性、学生さんらしき集団、家族連れ、1人で。様々な人がそれぞれの花乃楽しみ方をされています。それぞれに様々な思いを持ってこの美しい桜を眺めていらっしゃるのだろうなと思いました。花の元では、みんなの顔は一様に和やかです。桜の美しさが人々の心を和ませてくれるのでしょう。自然の美しさが、心配ごとや気になることも、しばし忘れさせてくれるのかもしれません。

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新芽

2016/04/07

この冬は暖冬で雪も少ない冬でした。寒暖の差が激しく、とても寒くなったと思ったら、急に暖かくなることを繰り返すので、体調を崩す人も多かったようです。それでも、4月に入って急に春らしくなってきました。自然の生き物たちは、春を待ちわびていたのでしょう。一気に活動を始めたようです。山の木々もそれぞれに季節を感じて、変化を続けています。1カ月ほど前には、もみじの枝先が少し赤みを帯びてきたかなーと思っていたのですが、いつの間にかかわいらしい新芽を出していました。その新芽が、どんどん大きくなってきています。かわいらしい葉っぱが日に日に大きくなって、あっという間に美しい黄緑色に輝くのでしょう。楽しみですね。

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丁寧に

2016/04/06

「人を大事に」してこられた会社だからこそ、100年続いてきたのだと思いました。
人を大事にするということは、人と人とのつながりを大切にすることですし、相手のことに思いを運ぶ事ができるか、思いやることができるのか。そこが大切なのでしょう。
目立つわけでもない地味なことだけれど、そうした細かなこと、細やかな心配りを続けてゆく事が、全てのことにつながっているのではないでしょうか。
「細部に神は宿る」というそうです。ついつい大きなことに目を奪われがちですが、あたりまえのように思える日常の小さなことにこそ、心を配って丁寧にしてゆくことが最も大切なことなのだと思います。ついつい忙しいと、自分のことでいっぱいいっぱいになってしまって、相手に心を運ぶ事が少なくなりそうです。相手の気持ちよりも自分の「我」を通すことを優先してしまっていることも多いかもしれません。

100周年記念式典の最後の方に、社員の皆さんが挨拶をしていらっしゃいました。1人ずつ自己紹介をされた後、代表の方が涙ながらに感謝の気持ちを述べていらっしゃいました。会社のこと、ご縁のある人々のことを大切にしていらっしゃる気持ちが伝わってきました。

自分にはできているだろうか?自分自身をふり返る機会と学び、何よりも、やさしい気持ち、暖かな関わりを体験させていただきました。ありがとうございました。

ステキな会社がこの先200年、300年と続き、みんさの喜びや幸せに貢献されることをお祈りします。

つながり

2016/04/05

お世話になっている社長様の会社の創立100周年記念式典に参加させていただきました。社長様は、創業当初は、家族経営で家も仕事場も一緒だったし、家にいる者はみんな仕事を手伝ってきた。だから会社の基礎は家族経営。だから式典の出席者の半分は親族です。とも仰っていました。

先々代の社長様が創業された当初は、家族総出でお仕事をされていたのでしょう。住み込みで働いていらっしゃる社員の皆様も多かったと聞きました。そうして、みんなが助け合って仕事をしてこられたのだろうと思います。そこにも、「人を大事に」されてきた伝統をうかがい知ることができました。

人を大事にするということは、人と人とのつながりを大事にするということだと思います。つながりには、時間的なつながり、つまり過去から現在へと続いてきた世代間のつながりがあります。同時に、家族、友人、社員、同僚、取引先、などなど横のつながりがあります。縦のつながりと横のつながりが互いにクロスして、網の目のようにみんながつながっています。そのつながりの一つ一つを丁寧に大切にしてゆくことこそが必要なのだと思います。どれだけ相手のことを想う事ができるのか?ということでしょうか。

100年

2016/04/04

いつも、大変お世話になっている方が経営されている会社が、創業100周年を迎えられたのを記念して式典が行われました。私も、お招きをいただいたので出席させていただきました。その会社は大正5年に創業され、現在の社長様は三代目です。

社長様は開会のご挨拶の中で、先代、先々代から「人を大事にしなさい」といわれてきた、と仰っていました。「人を大事に」とても大切なことだと思います。どんなに技術が進んで、機械化されたり、自動化されたとしても、どこかで必ず人が関わっているからです。そして、その人々の意識や気持ちで、いろいろなことが動いてゆくと思うからです。インターネットで何かを買うにしても、対面もしないし、会話もないけれども、注文した品物を梱包、発送するのは人でしょう。それも機械化されているかもしれませんが・・・ それでも、どこかで人は関わっています。そこに人の気持ち、意識が関係してくるのだと思います。

会が進んで、来賓の皆様のご挨拶を聞いているうちに、この会社は創業当初より、本当に人を大切にしてこられたのだということが、心に響いてきました。なによりもそう思ったのが、OB社員さん達に感謝状を渡された時のことです。勤続50年とか60年という方がたくさんいらっしゃるのです。小学校を出てすぐに丁稚にきたとか、中学を出てすぐに勤めた方々が多いと会社の方から聞きました。ですから、感謝状をもらっていらした皆様はかなりのご高齢です。1人ずつ挨拶をされていましたが、うれし涙でことばを詰まらせる方もいらっしゃいました。

50年も60年もずっと勤め続ける。そして第1戦を退いた後も、そうやって会社のことを思い続ける。そんなOB社員さんがいらっしゃるのは、まさに「人を大事に」してこられたからこそなのだろうと、感銘を受けました。

学び合う

2016/04/03

学童保育の小学生の中に卒園児が加わったことで、小学生にも変化がみられます。卒園児の「ねぇ、これどうするの?教えて!」ということばに、自分のしていることを中断して教えてあげていたり、自分がしていることも続けたいけれども、卒園児にも教えてあげたいとの思いのあいだで迷ったあげく、自分の遊びも続けながら教えてあげることを器用にしている姿もありました。

よく見ていると、小学生達は卒園児に対して1から10まで全てやってあげているわけではなく、卒園児達が自分でできるようになるにはどう伝えれば良いかを考えながら接しているようでした。年上の子が年下の子をお世話するというと、全てのことをやってあげようとすると考えがちですが、それはお世話する側の「やってあげたい」を満たそうとしているだけになることがあります。そうではなく、年下の子が自分でできる事は自分でできるように、年下の子が手伝って欲しいところだけを手伝う。相手のことを考えてお手伝いをする。卒園児たちと過ごすなかで、そんな小学生の姿も見る事ができました。

いろいろな子どもが一緒に過ごすことで、いろいろな関わりが生まれ、お互いに学び合う。子どもたちには自然にそれができるように思います。やっぱり子どもってすごいですね。

共に過ごす

2016/04/02

卒園児達が、在園児達と離れて過ごす方がいいかな、という思いから学童保育の部屋で過ごしていました。しばらくは、卒園児だけで過ごしていたのですが、そこへ、春休みが始まった学童の子どもたちがやって来るようになりました。必然的に卒園児と小学生が一緒に過ごすことになります。卒園児達は、学童保育での過ごし方やルールなどを小学生から学びます。指導員が伝えてはいますが、活動を通じて小学生たちがいろいろなことを教えてくれます。

また、それぞれに様々な遊びを選んで、行うのは保育園でも学童保育でも同じですが、少し難しいゲームや遊びなど、卒園児はわからないことを小学生に教えてもらいながら遊んでいます。小学生達もどうすれば卒園児達にわかりやすいかを考えて、教えたり一緒に遊んだりしていました。

部屋に入ったら、みんなが一緒に遊んでいる姿は、とても自然で違和感がなく、ずっと前からそうしているかのようでした。

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