園長ブログ

保護者会で

2012/08/02

「皆さんはご自身の子どもさんにどんな人になって欲しいと願っていらっしゃいますか。」先日行った保護者会、冒頭のあいさつで、保護者の皆様にこう尋ねました。

当園では、子どもたちが大きくなったときに、より良い社会を作ってくれることを願っています。それぞれの人がお互いに認め合い、自分が幸せになれるように、そして同時にそれがみんなの幸せにつながるように、自分にできることに全力で取り組む。そしてそのことがなにより楽しい、うれしい、一人ひとりがいきいきできる。そんな社会になることを願っています。

人間はどうして世界中で繁栄しているのでしょうか。それは社会を構成して生きてゆくという生存戦略をとったからだといわれています。別の言い方をすれば、弱くてもみんなで協力することで繁栄してきたのです。そういった理由から考えても、みんなで協力し合うことが必然ですし、理にかなっているのです。そして、その社会のまん中にいるのは子どもやお年寄りなど弱い立場の人なのです。

社会を築き、みんながそれぞれの役割を果たし、力を合わせるために必要なことは何でしょうか。そのひとつは、お互いを認め合うということだと思います。私たち一人ひとりが異なる存在です。民族や人種、国籍の違いというのがありますし、隣の人とは顔かたちや外見はもちろん、感じ方や考え方も異なります。そういった違いがあるということをそのまま認めること、相手を尊重することが、協力し合うことに繋がるのではないでしょうか。

ところが、現在の状況を考えてみると、人間の繁栄を支えてきた大切な戦略のはずの「社会を作ること」が崩壊の危機に瀕しているように見えます。基本にあるはずのお互いを認め合うことが少なくなっているのではないでしょうか。

園の玄関の前にお地蔵様がいらっしゃいます。そこに立て札があり、「子どもはみんな仏の子、子どもは天からの預かりもの、子どもは親の心を写す鏡」と書いてあります。
私たちは、「親」という部分を「保育者」に置き換えて考えています。「大人」に置き換えても良いかもしれません。

考えてみれば当然の話です。「学ぶ」は「まねぶ」だといわれるように、子どもはまねをすることで、様々なことを学んでゆくのです。子どもの全ての言動が学びに繋がっているのです。今更言うことでもありませんが・・・

子ども同士でまねをすることもありますが、大人のまねもします。ですから大人が、お互いを認めることみんなが認め合うことをしていれば、子どもたちはそれをまねします。反対に大人が「誰かが悪いから」と何でも人のせいにして批判ばかりし、攻撃ばかりしていたら、当然子どもたちはそれをまねします。

私は、子どもが、お互いを認め合い、心を開いて話し合って意見を交換し、力を合わせて生きてゆくことを、乳幼児期にこそ経験して欲しいと思っています。そのためにはモデルとなる大人が必要です。

保育園で言えば、モデルとなる大人は職員です。職員が落ち着かずバタバタしていると、子どもも落ち着きません。職員がゆったりした楽しい気持ちでいると、子どももゆったり楽しい気持ちになります。ですから、職員が子どものモデルとなれるよう、お互いが認め合い、力を合わせることに力を入れています。まだまだの部分も多いのですが・・・
誰かのステキな一面に気付いたときの楽しさ、わかり合えたときのうれしさは何ともいえないものがあります。そういった関係が深まるようになりたいと思っています。

保護者の皆さんもそんな輪に加わっていただければと願っています。いろいろな場面で園に関わっていただければと思いますし、そのことで楽しんでいただければと思っています。そのきっかけの一つとなると良いと考え、保護者会後半では少しみんなで動いたり、3〜5人の小さなグループをつくり、職員も加わって話し合いをしました。たとえ少しであっても心を開いて話し合うことは楽しいようで、終了予定の時間を越えても話は尽きない様子でした。

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