夏前のこの時期、当園ではお泊まり保育を行っています。平成2年から20年以上にわたってお泊まり保育は、お寺で一泊することを続けてきました。お寺でのお泊まり保育は、日常から離れて普段ではできない体験をするということを目的の1つとして実施していました。お寺で一泊すること自体が非日常ですし、夕方や朝のお勤めに参加したり、朝食は修行中に行う食事作法に則っておかゆとお味噌汁をいただくなどなど、様々な体験をしていました。
ところが、今年は保育士から、「子どもが自分たちで生活をすること」を目的にしたいので、お泊まり保育を見直したいとの申し出がありました。それは、とりもなおさず、子どもが主体的に取り組むことに重きを置くということなので、大歓迎です。保育士が積極的に理念や、めざす子ども像から保育のあり方を考えているということです。事前に全職員を対象に「お泊まり保育を見直したいが、どうすれば良いか」というアンケートを行ってくれました。回答の中には「自分で考え自分で決め自ら行動する。という子ども像から考えると子どもが自分たちで生活することが良い」というものもありました。子ども像から保育を考えているのです。
アンケートでは子どもたちが「自分で生活する」ためには、非日常ではなくて毎日の生活の場であり、慣れ親しんだ保育園で一泊する方が子どもたちがリラックスして主体的に活動しやすいので、今まで行ってきたお寺ではなくて、保育園で一泊するのが良いのではないか。という意見が多かったようです。
私は、20年以上も続けてきたお寺でのお泊まり保育が、園でのお泊まり保育に変わることに全く違和感がなかったわけではありません。思い出もあれば、思い入れもあります。しかし、「今まで行ってきたから」ということだけではそれを続ける理由にはなりません。いつも理念から考える事が大切で、理念を形にするにはどんな方法が一番良いのかを考えるべきなのです。わかってはいるつもりですが、少しは未練もあります。「今まで20年以上続けてきたのは、何だったのか?」という想いがないわけではありません。しかし、冷静に考えると、「今までやってきなことは何だったのか」というのは、私自身の思い入れだったり未練だったり、まったく私自身の都合の話です。何のためにお泊ままり保育をするのでしょうか。お泊まり保育を通して子ども達がより良い発達を遂げるためです。そのために子どもが主体的に活動できる環境を用意した方が良いのなら、そうすれば良いだけです。
しかし、人は変化することを避けがちです。自分が今までやってきたことが一番良いと思いたくなります。しかしそれでは、自分の我欲のためにそのことをやろうとしているに過ぎなくなってしまうのではないでしょうか。そう考えて、お泊まり保育の見直しを職員に委ねることにしました。