園長ブログ

認める

2011/11/09

子どもたちが、この「お互いを認め合う」ことに喜びを感じてほしいと思います。そのためには、子ども自身が親や周りの大人から認められる必要があります。大人が、子どもの気になるところ(直した方が良いと思うところ)ばかりを見て、その子を認めず、それはダメ!これをしなさい!と自分の思うとおりに子どもをコントロールし、動かそうとしてばかりいると、子どもも他の人を認められなくなります。子どもが育ってゆく力の元が萎えてしまいます。それは避けたいものです。子どもに足りない部分ばかりを見る減点法的な見方ではなく、ちょっと足りない部分もあるけど、こんなステキなところもある、あんなすばらしいところもあるという見方をしたいものです。

みんながそうだとは言いませんが、親となるとどうしても自分の思うように子どもを動かしたくなってしまい、必要以上に干渉したくなるときがあります。「この子はより良く育ってほしい」という気持ちからなのはよくわかりますし、何度言ってもわかってもらえないとついイラッとしてしまうことだってあるのもわかります。そんなときに自分の心に余裕がないと、ついその気持ちをことばや態度にして子どもにぶつけてしまいます。そうなると子どもは辛いし、大人も悲しくなってしまいます。一歩下がって、イライラを子どもにぶつけようとしている自分を冷静に観察して、イライラに翻弄され暴走しそうになっている心にストップがかけられると、子どもも大人もいやな思いをしなくてすみます。

この一歩下がるという距離感はとても大切です。自分の心を冷静に見つめるという意味でも大切ですし、子どもとの距離という意味でも大切です。つい子どもにべったりくっついて、ああしなさい!こうしなさい!と指示をだしてしまいます。子どもに甘え依存してしまわず、子どもを丸ごと信じて認め少し離れたところから見ることができると、お互いハッピーでいられると思います。

子どもがやっていることには全て意味があります。たとえ、大人にはつまらないことに見えてもその子にとっては大切なことがあります。もし大人にとって困ったことをしていても、それはつぎの育ちのための準備をしているのかもしれません。

子どもの今を丸ごと信じ、認めるということを大人自身が実行することで、子どもも誰かを認めることができるようになるのです。もし、子どもに「お互いを認め合えるようになってほしい」と願うなら、まず大人がそうすることが必要です。子どもは周りの大人を真似て育つのですから・・・

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