声明を唱えるためには音の高さの他にもいろいろな要素が必要です。音の動きを表す「旋律型」もそのひとつです。高低変化を伴う一連の音の連なりのパターンがいくつもあり、それらの旋律型に「スグ」「ユリ」「ソリ」といった名前がつけられています。例えば「スグ」という旋律型は、一つの音を直線的に引くことを表します。オルガンで一つの鍵盤を一定時間押さえ続けて出てくる音というイメージです。「ユリ」はゆれうごくことで、音の高低変化を小さくつける、音が小さく揺れるようなイメージです。「ソリ」は音が滑らかに高くなり低くなってまた高くなるというような音の動きをします。(音の動きをことばで表すのは難しいですね)このような旋律型がたくさんあって、それらを組み合わせることで、曲が構成されています。ただ、ひとつの旋律型に明確に定められた長さがあるわけではなく、その時の唱え方によって長さが変わるので、1曲の長さも微妙に異なることがあります。しかし、複数の人が同じ旋律を唱えるので、ひとり一人唱える長さ(早さ)が異なれば、バラバラになってしまいますが、実際にはそうはなりません。それは、もともと一つの旋律の長さが伝承として伝えられているという基礎がある上に、その時々に他の人の声を聞いて微妙に調整しているからだと思います。
前にも書きましたが、もともと声明には楽譜はなく、口伝で教えられた通りに唱えるのですが、備忘のためであったり、わかりやすく表現するために「博士(はかせ)」という一種の記譜法が用いられています。現在使われているのは鎌倉時代初期に考えられた目安博士と呼ばれるものの改良型で、音の高さと旋律型が表されています。
ところが、ここには表されない要素がたくさんあります。どれくらいの早さで唱えるのかということもそうですし、塩梅(えんばい)という博士には表されない音もあります。例えば「スグ」という旋律型は1つの音を直線的に引くのですが、オルガンの鍵盤を押さえるように一つの音だけを出すのではなく、少し低い音から出し初めて本来出すべき音まで上がる前倚音や、旋律型を唱え終わるときには終わりの部分を少し高い音にして終わる、後倚音などが付加されます。この塩梅があることで旋律型に深みや味が出るのです。
ちょうど良い加減という意味で「良いあんばい」と言いますが、塩梅とは「あんばい」とも読み、塩と梅酢で調味すること。料理の味加減を調えること。物事のほどあい。かげん。身体の具合。などという意味があります。塩味や酸味がなければ料理は味気ないものになりますし、これらが強すぎると、味が台無しになります。塩梅はほどよく付加するのが良いのです。塩梅は博士には表されませんが、声明曲に重要な役割を果たしています。