赤ちゃんは、生後6カ月から8カ月くらいまでなら様々な言語の音を聞き分ける力を持っているのに、1歳頃には母語を聞くことに特化してくるので、母語にない音は聞き分けることが難しくなってくる。そんなことを聞くと、「早いうちに赤ちゃんに英語を聞かせなくては!」なんて思う方がいらっしやるのではないでしょうか。パトリシア・クール博士の実験でも、アメリカ人の赤ちゃんに中国語を聞く機会を与えたら、中国語に特有の音も聞くことができるようになったという結果が出ました。ただしそれは、生身の人間が対面して話したときにのみ有効だということもわかりました。
NTTコミュニケーション科学基礎研究所人間情報研究部 麦谷 綾子 博士は「もったいない?」と表していらっしゃいました。「外国語を学習するのに、この時期を逃すのはもったいない。と思っていませんか。」ということなのだと思います。せっかく、あらゆる言語の音を聞き分ける力を持っているのに、その時期にいろいろな言語に触れる機会がないのはもったいないと考えるのも無理はないかもしれません。
ところが、麦谷博士はこんなデータを示してくださいました。生後7カ月の時に、英語の “L” と “R” の音を聞き分けていたグループと、聞き分けられなかったグループの2グループを2歳半まで追跡調査し、母語の語彙数を調べたところ、“L” と “R”を聞き分けられなかったグループの子どもたちの方が聞き分けた子どもたちのグループに比べて母語の語彙数が多かったそうです。
つまり、7カ月の時点で英語の “L” と “R” が聞き分けられなかったグループの赤ちゃん達は、その時点で聞き分けられたグループの赤ちゃんよりも母語に対する最適化が進んでいたということです。最適化とは母語に適した音の聞き取りがよりできるようになるということですが、英語を聞き分けられなかったグループはその時点で、より母語に適した音の聞き取りができていた。だから、母語のことばの発達が早く、2歳半の時点での語彙数が増えていたということです。
だから、この時期に無理に英語を聞かせることが、絶対に良いとは言い切れないのです。
赤ちゃんは生まれたときには、母語に依存しない音声知覚を持っていて、生後6カ月ごろから知覚の最適化がはじまり、1歳くらいまでに母語に適した音声知覚に変わってゆくということが言えます。
赤ちゃんはあらゆる能力を持っていて、時を経るにつれて自分が生活する環境にあわせて不必要な部分をそぎ落としてゆく、それが発達なのですね。だからこそ、まわりの環境が大切なのだと思います。無味乾燥で殺風景な部屋で過ごせば、五感を刺激するものが少ないので、五感で感じるという発達が限定されてしまいます。あらゆる場所と機会を捉えて、五感を刺激する環境を用意しておく必要があると思うのです。そうすれば、子どもが自らその環境に関わり、豊かに発達してゆくのです。