2016年 1月

多様な関わり

2016/01/06

もちろん、山や海に行ったり作物を育てなくても、身近なところで自然の営みは繰り広げられています。ただ、そこに気がつくかつかないか、目を向けるか向けないかで、ずいぶん違ってくるのだと思います。都会の道端で、アスファルトの割れ目に生えた一本の草がけなげに生きて行くことができるのは、人間が気付く事が少ない様々なつながりの中にいるからなのだと思います。ただの一本の草も、地面から水をもらって、太陽の光を浴びて生きています。アスファルトの下の土の中には様々な生物がいるはずですし、時には虫が飛んできて受粉を手伝ってくれるかもしれません。他にも人間にはわからない様々なつながりもあるかもしれません。1本の草も、そうやって様々な関わりの中で生きているのです。お互いに関わり合って生きてゆくのに都合の良い環境には、多様な要素があることが必要です。様々な条件があり、多種多様な動植物が生存している場所の方が、より多くの関係性が生まれます。いろいろないのちが生きてゆくための環境が整いやすいということです。つまり、豊かな自然の中では、様々ないのちがつながりあい、関わり合って生きてゆく事ができる。多様ないのちどうしの多様な関係性が生まれるのです。

20160106_多様な関わり

きょうのごはん 1月6日

2016/01/06

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  (おひるごはん)
  ・ちりめん和えごはん
  ・筑前煮
  ・ねばねば汁

  (おやつ)
  ・豆腐団子
  ・ヨーグルトドリンク

 

*本日は全てのメニューの残食がありませんでした!

ねばねば汁には、すり下ろした長芋、人参、わかめが入っています。

おやつの豆腐団子は木綿豆腐と白玉粉で作りました。

たくさん用意していたおかわりはあっという間になくなりました!

自然の営み

2016/01/05

太陽と雲が織りなす自然の美しさと、太陽のありがたさを感じながら、自然現象に目を向け心を傾けると、そこにはいろいろな教えがあり、学びがあるように思いました。もちろん自然は、美しいだけ、やさしいだけ、恩恵をもたらしてくれるだけではありません。時には災害を引き起こすなど、厳しく恐ろしいこと、命を脅かすことさえあります。そんな人間にとって不都合な面も含めて、自然現象に向き合えると良いのだと思います。

便利に快適に暮らせるようになった現代、都会では日の出や、月の満ち欠け、季節の移り変わりに、さほど敏感にならなくても暮らしてゆく事はできます。まして、草花、樹木、虫や動物の様々な営みにことさら注意を向ける必要は少なくなっています。ですから、敢えて意識的に自然と関わることをしないと、自然からどんどん遠ざかってゆきます。自らも自然の一部であるはずの人間が、どんどん自然から遠ざかってゆくと、そこには不調和が生まれるような気がします。ですから、ストレスフルな今の時代、多くの人が自然を求めて山歩きをしたり、畑で作物を育てたり、自然を求めるのではないでしょうか。

20160105_自然の営み

きょうのごはん 1月5日

2016/01/05

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  (おひるごはん)
  ・カレーライス
  ・海藻サラダ
  ・卵スープ

  (おやつ)
  ・マカロニきな

 

*あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。

本日の給食はカレーライスでした。

どのメニューもたくさん食べてくれました。

子どもたちの休み前と変わらない食欲に少し驚きました!

雲と太陽のドラマ

2016/01/04

太陽と雲がドラマ演じた末にようやく太陽がのぼりました。顔を出したばかりの太陽を見ていると、黄金の光が自分の体を貫いてゆくと同時に、大きな力を注いでくれているような気持ちになり、その時は不思議と太陽を直視しても眩しくありませんでした。光が体の中に差し込んでくるような感覚を味わっていると、顔が温かくなってきて太陽は明るさだけではなく暖かさも与えてくれていることを改めて感じました。当然と言えば当然のことなのですが、体に染みこんでくるような明るさと暖かさを感じられて、とてもうれしく、ありがたい気持ちになることができたのです。世界中に太陽に対する信仰があることが納得できる気がしました。
快晴の全く雲が無い空に昇る太陽も美しいのでしょうけれど、雲がいろんな演出をしてくれたおかげで、ひと味違った初日の出を拝むことができました。普段何気なく過ごしていて気に留めることも少なくなりがちな自然現象に改めて向き合ってみると、そこには、うつくしい姿や、計り知れぬ智慧を知ることができますし、時には感動的なドラマが繰り広げられています。

20160104_雲と太陽のドラマ

初日の出

2016/01/03

2016年の初日の出を見ようと、お寺の本殿前で待っていましたが、雲がいたずらして、太陽はなかなか姿を現してくれません。でもそのおかげで、光る雲の美しさや、光の線を見る事ができました。そうこうしている間に、帯状に広がる雲の上方に丸い雲が北からゆっくりと、動いてきました。下の雲とつながってしまったら、またまた太陽が見えなくなる。と心配になります。その丸い雲が、ゆっくり動いて、太陽の真上くらいに来たとき、帯状の雲の上端がひときわ輝きました。なんて美しいんだろう!と思っていると、やがて太陽が顔を出し始めました。とても眩しい黄金色の光が目に飛び込んできたかと思った次の瞬間、太陽の真上にあった丸い雲が、白金色に輝き出したのです。上端部に輝く光の線をたたえた帯状の雲、白金色に輝く丸い雲、その雲の間で燦然と輝く太陽、なんともいえない光景で、思わず手をあわせてしまいましたし、御来光を待っていた人たちからも、歓声が上がっていました。

20160103_初日の出

日の出を待つ

2016/01/02

2016年1月1日、京都の日の出の時刻は午前7時4分、お寺の本殿前から見ると、朝日は比叡山のむこう側からのぼります。比叡山の上の方が明るくなって、そろそろ御来光が拝めるのかと思ったら、ちょうど山の上に帯状の雲がかかってきました。どうやら山の端から顔を出す太陽は拝めそうにありませんが、雲から昇ってくる姿は拝めそうです。しばらくすると、帯状の雲の上端に細く一直線に光の帯が生まれて、それが徐々に明るくなってきます。光の帯の輝きが増してきたので、いよいよ太陽が顔を出すのかと思ったら、また、輝きが落ちてしまいました。雲が少し高くなったのでしょう。早く太陽が昇らないかなと期待しながら見ていると、雲の上端の光の帯が明るくなったかと思ったら、輝きが落ちてしまいます。太陽と雲の駆け引きは一進一退、なかなか太陽の姿を拝む事ができません。雲はずいぶんじらしてくれるものです。そう思いながら見ていると、ちょうど、雲の向こうの太陽からの光が放射状に線を描いて広がっているのが、見えました。よく子どもが太陽を描くときに、太陽のまわりに放射状の線を描きますが、それに似ています。輝く太陽から放たれている光の一部を光の線としてみることができました。なかなか太陽の姿は拝めませんが、その前に様々な美しさに出会うことができました。

20160102_日の出を待つ

元旦を迎える

2016/01/01

2015年も除夜の鐘の音とにくれる頃、昼間は穏やかだった冬空から、時々冷たい雨がパラパラと落ちてきました。時間が経つにつれて雨は強くなってきているようでしたが、しばらくすると雨音がしなくなったので、外を見てみると雨は大粒の雪に変わっていました。どれくらい降っていたのでしょう、次に外を見たときには雪はやんでいましたが、あたりはうっすらと白くなっていました。今冬2度目の雪です。今年の冬はとても暖かく、今のところ雪もほとんど降りません。12月も暖かい日が多く、冬という感じがしません。めっきり寒さに弱くなった私には暖かいのはありがたいのですが、あまり冬らしくない暖かさが続くと、何か変な感じがします。
辺りが明るくなり始める頃、雪はすっかりやんで空は晴れ渡り、下弦の月が西の空に輝いていました。今年は日の出が見られそうだと思ったので、お寺の本殿前に行ってみることにしました。7時前本殿の前に行ってみると、とてもたくさんの人が御来光を待っていました。あまりの人の多さに驚きましたが、そこで太陽が昇るのを待つことにしました。
20160101_元旦を迎える

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