園長ブログ

メロン 3

2013/11/04

その後、メロンはぐんぐん大きくなり、花がいくつか咲きました。メロンには雄花と雌花があり、自然に受粉もするのですが、人為的に受粉させてあげると希望通りの雌花に実がなるそうです。晴れた日の午前8時から11時頃に受粉するのが良いとありました。摘心や受粉もそうですが、10〜14節目に出てくる孫蔓は伸ばすとか、葉っぱを3枚残して摘心するとか、雌花2つを選んで受粉をさせ、実がついたら摘果をして、最終的に一つのプランターに2個のメロンができるようにするそうです。そこまで考えないと、うまくできないのですね。もっと心を運び手をかけてあげなくてはいけなかったなと反省しました。

最初に思い切って摘心しなかったので、その後が全くでたらめなことになってしまいましたが、それでも元気に育って花が咲き、しばらくすると雌花の根元が膨らんできたので、受粉も自然に行われたのでしょう。花もいくつか咲いていたのですが、2つのプランターに1つずつ実がなりました。思い描いたリースのようにはなりませんでしたが、一応アーチにぶら下がる形で実を結びました。

しかし、種を蒔いたのが遅かったこともあり、実を結んだのが9月に入ってからで日照時間も短くなり、気温も下がってきたからでしょう、葉や蔓など株全体の元気がなくなってきて、直径8センチくらいになった実を残して全て枯れてしまいました。もう少し早い時期から取り組んでいれば、少しは大きく成長したかもしれません。
せっかく実ったので、収穫して2つに切ってみると、小さいながらも中はしっかりメロンです。果肉がオレンジ色の種類だったのですが、切ったときにはメロンの良い香りが漂ってきましたし、種もちゃんと入っています。スプーンですくって少し食べてみたら、結構甘く、ちゃんとメロンの味がしました。小さいのにたいしたものです。全て食べることはできませんでしたが、メロンのたくましさに驚きました。

せっかくアーチのついたのプランターも作ったことですし、次に挑戦するときには、成功させてみたいものです。

メロン 2

2013/11/03

メロンの種を蒔いてみて、「メロンって意外に強いんだなー」という印象を持ちました。双葉の次に本葉が出た後、どんどん葉っぱが増えて、茎も伸びてゆきます。そのうち蔓が出てきました。

針金を使って蔓を導こうとしましたが…

本には何番目かの蔓が出たら、摘芯して4本の蔓1本ずつをアーチに伝いやすいように導いてあげるように書いてありました。ですが、その時点では4本の蔓は短くてアーチまで届かなかったので、針金を伝ってアーチに導こうとやってみました。そして、せっかく伸びてきた茎をここで切ってしまって良いものなのか、もう少し蔓が伸びてからにしようかなどと考えているうちに、茎がどんどん伸びていって、最初にアーチに伝わせようと思っていた蔓は、伸びなくなってしまいましたした。

大きな葉っぱが育ちました

その代わり伸びてゆく茎から何本も蔓が出て、お互いに絡み合うので、絡み合った蔓が切れてしまわないよう、慎重にほどいてアーチにつかまらせます。うまくつかまらせてあげると、しっかりと巻きついて茎を支え、上へと伸びてゆきます。添わせ方がまずいとすぐに離れてしまいます。あまり無理にしない方が良いのかもしれません。

本来なら、4本の蔓をアーチの脚部分から伝い上らせて葉がリースの輪のようになり、そこにメロンがぶらさがって実るはずだったのですが、それほど思うようにはいきません。

私のやり方がまずいのでしょうけれど、まったく自然に任せるのか、自分が思うように育てるのか、メロンがどう育ちたいのか心を運びながら、自分の思いも伝える努力をするのが良いのかと考えてしまいました。

もともとプランターという不自然な場所で育てはじめているので、放っておけば、プランターからこぼれ落ちて、地面を這うことになりそうでした。ですから、何とか蔓がプランターからはみ出ないように、少し茎を持ち上げるように針金で縛ってあげるなど少しお手伝いをして見ました。

メロン 1

2013/11/02

  芽を出したメロン 7月27日

夏においしいメロンを頂いただきました。食べ頃になったので、カットして種を取っていたら、6歳の三男が、この種を蒔いたらメロンができるかな?と聞くので、一緒に蒔いてみることにしました。私が使わせてもらっている園の畑は自然農法で作物を育てようとしていますが、自宅はそうもいかず、プランターで育てなければなりません。

ちょうどそんなときに、農文協から発行されている『のらのら』という子ども農業雑誌に「きみにもできる!あこがれのスイカ&メロン栽培」という特集が組まれていたので、読んでいたら「プランターでメロンの空中ブランコ栽培」という記事がありました。

ぷらんたーに植え替えました 8月4日

プランターの上にアーチを組んで、メロンの蔓を這わせることで、アーチにメロンが実るというのです。「メロンで作る特大リース!? つくりかたを大公開!」とサブタイトルにありました。

これに挑戦してみようと思いつき、まず、植木鉢2つにメロンの種を3粒ずつ蒔きました。本には、簡単に育つようなことが書いてありましたが、ほんとうのところメロンなんてそう簡単には育てられないだろうと、あまり期待せずにいたのですが、3日ほどしたらかわいらしい芽を出しました。

しばらくすると本葉が出て着実に大きくなってゆく姿にはちょっと驚きです。こんなにすぐに芽を出して早く育つのなら、早くプランターを用意しなくてはと思い、あわててプランターにアーチを取り付け土を入れて、本葉が出たメロンの苗を1つのプランターに一株ずつ植え替えてあげました。思ったより早く大きくなったのには驚きです。

おたのしみかい2013(4)

2013/11/01

おたのしみかいでは、学童保育に来ている小学生達がひとつのコーナーを担当していました。小学生達が担当の先生を交えてみんなで考え、この日のためにいろいろと準備してきたのでした。

コーナーは「てんてん遊び」と呼んでいる、キッチンペーパーと水性ペンを使ってカラフルな模様を作る製作遊びです。コーナーを訪れてくださった方が、製作をして楽しめるように、何が必要か、どう提示すれば園児達にも取り組みやすくおとなも楽しめるのか・・・などいろいろと考え、10月は一所懸命に準備に取り組んでいたようです。

他の大切な予定がある日でも、「準備をしなくては!」と予定の時間ぎりぎりまで、学童保育を行っているめぐみ精舎にいてくれた女の子もいました。それほどまでに、やらなきゃ!という前向きな気持ちでいてくれることがとても、嬉しく思いました。みんなにも頼りにされていたのかもしれませんし、自分の好きな分野のことだったからかもしれませんが、どちらかというと控えめなおとなしい女の子なので、そんな気持ちでいてくれることを担当の先生から聞いたときは、その子の気持ちの強さが伝わってくるようでした。自分がやらなきゃという責任感や、自己有用感のようなものを感じてくれているように思いました。

小学生達が気持ちを込めて作ったからでしょう。てんてん遊びコーナーは盛況でした。どんな子も楽しんで取り組んでいたのはもちろんですが、とても真剣な顔つきで一所懸命に作っていらっしゃる保護者が多かったのには驚きました。準備をした小学生達も嬉しかったことと思います。

どんな人にでも相手にわかりやすくするためにはどうすれば良いかをよく考えて、上手に接客していました。1歳児のお手伝いをしていた男の子はできるだけ相手の子が自分でできるようによく考えてサポートしていたのが水性ペンのキャップを外すのがむすかしかったら、そこだけ手伝ってあげるなど、相手のことをよく考えてくれていたように思います。

みんなそれぞれに楽しめた「おたのしみかい」になりました。ご協力下さった皆様ありがとうございます。

おたのしみかい2013(3)

2013/10/31

園庭ではお父さん方が集まって、やきいもを焼いてくださいました。薪や落ち葉も用意して下さって、朝一番から盛大に薪を燃やし、どうしたらおいしく焼けるのか、ああでもないこうでもないと議論しながら、11時頃にはおいしいやきいもがたくさんできあがりました。さつまいも100本、じゃがいも12キログラムはかなりの量なので、一度に焼こうとすると火床も大きくなります。近寄るとかなり熱いのですが、お父さん方はがんばって焼いて下さいました。とてもおいしく焼けて、昼食を済ませた人からやきいもを楽しんでいただきました。お父さん方ありがとうございました。

今年はテーマがハロウィンパーティーだったので、子どもも保護者も思い思いに仮装して、来園してくださいました。全員が仮装したわけではありませんが、子どもたちはいつもと違う格好をして楽しそうでした。保護者にも仮装して下さる方もいらっしゃいましたが、極めつけはゲゲゲの鬼太郎になって来て下さったお父さんです。肩に目玉のおやじまでのっけて、最高に楽しい仮装でした。職員ももっと仮装すれば良かったと思いました。

夏に退園されたこどもさんとその保護者が遊びに来て下さって、ミニライブを行って下さいました。とっても盛り上がり更に楽しいひとときとなりました。

いろいろな方のご協力に感謝します。それと同時にみんなの力が集まればいろいろなことができることもとても嬉しいことです。

   保護者作

カボチャとスマートボール

    やきいも

    カボチャ

   光を楽しむ

    ふうせん

保護者のライブと鬼太郎

できあがったやきいも

おたのしみかい 2013(2)

2013/10/30

保護者の皆様と力を合わせて企画して形にしてきたおたのしみ会は、様々なコーナーを子どもと保護者がいっしょに巡って楽しみます。4・5歳児は交替で各コーナーのスタッフにもなります。

そんなコーナーの中で絶対に外せないのが食事コーナーです。主食はおにぎりを自宅で作って持ってきていただき、園では具だくさんの味噌汁を作って召し上がっていただくのは昨年と同じです。調理担当者が、味噌汁の具の一つに星形に型抜きしたカボチャを使っていました。スタッフになった子どもたちは、「いらっしゃいませ」といいながら、人数分の味噌汁を各テーブルまで運びます。開店時間から閉店時間の間の自由な時間に食事を楽しんでいただきます。天気が良ければ、園庭で召し上がっていただことができるととても気持ちよいのですが、台風27号の影響で天気が不安定だったので、今年は食事コーナーは2階に変更されました。

1階には、玉入れコーナー、スマートボールコーナーがあります。先生が知り合いのところから手作りのスマートボール台を2台借りてきてくれました。幅90センチ長さ180センチくらいの大きさで、ボールはゴルフボールでした。よく考えて作ってあります。
楽しそうだと思ったのは風船の部屋です。たくさんの風船が部屋いっぱいにあって、子どもたちは風船を放り上げたり、風船の海で転げ回ったりして思う存分楽しんでいました。

2階の廊下には、保護者の発案で暗幕が張られ、ブラックライトやプラネタリウムコーナーができていました。ちょうど直前に研修で訪問した保育園では、イタリアのレッジョエミリアに学び、子どもが光に興味を持ち、光と闇の不思議さを感じる事ができるようにとのねらいで作られた暗い部屋がありました。その部屋を見学させていただいて、とても興味を持ったところだったので、自園のこの場所がこうなるのかと、ある意味感心しました。保護者の皆様と先生達のチームプレイが生み出した発想なのでしょう。

いつも同じだとそれがあたりまえになってしまって、なかなか新しい発想が生まれてこないものですが、子どもたちの興味関心を高め、こどもが遊び込める環境作りという視点であらゆるところを見つめ直し、変化させ続ける必要性を感じました。

おたのしみかい 2013(1)

2013/10/29

当園では、子どもをまん中に保護者の皆様と職員が力を合わせ共に子育てをしてゆくパートナーでありたいと考えています。みんなが子どもの最善の利益という同じ方向を向いてそれぞれの役割を存分に果たすことで、子どもの育ちを、幸せをサポートする。そんな関係になれることをめざしています。

一緒に何かひとつのことに取り組むことで、一体感が高まることもあると思います。そんな機会の一つになれば良いと考えて始めた行事がお楽しみ会です。中心になって動いて下さる数名のスタッフを保護者から募集し、職員の担当者と一緒に企画から参加していただいてます。皆さんお仕事の合間を縫ったり勤務時間を調整したりしながら、何度か行った会議や準備に参加して下さいました。ただでさえお忙しくしていらっしゃる保護者の皆様ですから、全員が同じようにできるわけではありません。それぞれの保護者がそれぞれの立場で、できる範囲、やりたいと思って楽しめる範囲で無理をせずに関わっていただければ良いのです。もちろん当日の参加だけでも構いません。
企画会議の中で、今年はハロゥインパーティーをテーマにして園内の飾り付けや様々な催しをすることになりました。その一つに全保護者にお願いして各家庭で子どもと一緒に画用紙を使ったお化けカボチャを作ってきていただくというのもありました。一緒にカボチャをつくることで、家庭で子どもと過ごす時間を充実したものにしていただけるのではないか、というねらいがそこにはあったようです。それぞれに凝ったお化けカボチャが揃いました。

半日をどう過ごすのか、保護者の皆様のアイデアが炸裂です。基本的には、いろいろなコーナーができて、4歳児・5歳児が交替でスタッフになって、お客さんを迎えます。製作コーナー、ゲームコーナー、玉入れコーナー、風船の部屋、プラネタリウムなど、そして昼食コーナー、園庭ではお父さん方担当のやきいもコーナー、学童保育の子どもたちが運営する遊びコーナーもありました。

為すべきこと

2013/10/28

大病をしながらも、お医者様の力を借りながら、食べ物をはじめとした自分の生活を変えることで病気が軽快し、症状の進行を抑えて仕事もしている中学高校時代の友人が尋ねてきてくれる事になりました。大柄のスポーツマンで元気のかたまりのようだった友人がどれほど憔悴した姿になっているのか心配でしたが、お寺の山門前に現れた彼は、ずいぶん痩せてはいたものの、目は澄み、顔はすっきり涼やかな感じだったので、少し安心しました。薬の影響で朝起きたときにはとてもしんどかったけれども、頑張って行こう。と心に決めて新幹線に乗ったのだと話してくれました。

お寺の本殿にお参りしたあと話をしたのですが、病気の話を聞けば聞くほど、今ここにこうしていられるのが奇跡的という感じです。もちろん彼の病気は今も治ったわけではなく、いつまた病気が再発するかわからない状態です。そんな身体で新幹線に乗って尋ねてきてくれた事だけでも感激です。そして、病気の事を気にする様子もなく詳しく伝えてくれる彼の顔には全く屈託がなく、そんな大病をした事を感じさせないくらいです。それよりも澄みきった目で、ほほえみを湛えながら穏やかに話してくれる姿には、落ち着きが感じられました。

ちょうどこの日は秋晴れの清々しい天気だったこともあって、友人も山の気持ちよさを存分に味わってとても喜んでくれていました。楽しく話していると、彼がそんな病気をしたことを忘れてしまうくらいです。中高時代をふりかえって懐かしい話もたくさんしました。話している中でとても強く心に響いた友人のことばがあります。

自分は大きな病気をして、死んでいてもおかしくないところだった。もう死んでも仕方がないとまで思った。でもこうして今生きているということは、自分にまだ果たさなければいけない役割が残っているのだと思う。病気をするまでは仕事一筋でやってきたが、まだ生きていられるのなら、これからは何か人の役に立つことをしなくてはいけないと思う。今はまだそれが何かはわからないが、これからそれを探してゆこうと思う。

死の瀬戸際まで行って、心からこう言えるというのは並大抵のことではないと思います。澄んだ目で、話す友人のことばを聞いていたら、こちらが元気を頂きました。彼が神仏から与えられた役割を果たせることを祈らずにはいられません。

旧友

2013/10/27

先日園で事務仕事をしていたら、携帯電話が鳴りました。知らない電話番号からの着信だったので誰だろうと思いながら電話に出てみると、中学高校時代を共に過ごした同級生からでした。

20年くらい前に友人の結婚式で顔を合わせたきりになっていた友人からの電話に驚きながらも、嬉しく、懐かしく思い、「元気にしていますか?」と尋ねました。すぐに「うん!」と答えが返ってくると思っていたのですが、ちょっと間を置いて返ってきたのが「それが、病気しちゃってね・・・」という答えでした。

話を聞いてみると大変そうです。その友人は自分で立ち上げた会社を経営しているのですが、努力の甲斐あって、会社も順調に業績を伸ばしていました。友人は身体の不調を感じながらも忙しさもあって、なかなか病院に行けませんでした。そして、ようやく時間を作って診察を受けたときには、緊急入院、緊急手術だったそうです。何とか一命はとりとめたものの、生存率は10パーセントから30パーセントと診断されたのが2年ほど前の事です。それから自分でも食事や生活をすっかり変えた結果、病気は抱えながらも仕事ができるまでに良くなったということを話してくれました。それを聞いて、私には返すことばがありませんでした。

そうやって、お医者様の力を借りながら、自分で病気を治す努力を重ねて生活している中で、知り合った人から鞍馬に行ってみればと勧められたことがきっかけで私を思い出し、電話をくれたのでした。

この友人からの電話をうけて考えさせられました。自分自身だっていつ病気になるかわからないし、事故に遭うかもしれない。今こうして生きている事があたりまえのように思って、日々かけがえのない時間を無駄に過ごしてしまっていないだろうか。

時間はどんどん過ぎ去り、いのちは少しずつ、しかし着実に短くなってゆく。まるで少ない水に入れられた魚のように。それなのにどうしておもしろおかしく過ごせるものか。頭に火の粉が降りかかり、燃えそうになっているのに、どうしてそれを取り除く努力をしないのか。放逸でいる事なかれ。といった意味のお経の文句を思い出しました。

伝承する

2013/10/26

鞍馬の火まつりには、鞍馬の人々の熱い思いがこもっています。細かなことを言い出すと、私などにはとうていわからない古くから伝承されてきた決まり事やしきたりがたくさんあるのだと思います。そうやって伝承されてきた事を次の世代に引き継いでゆくことが大切です。ところが、鞍馬に住んでいる子どもがとても少なくなっているのです。あまり少なくなりすぎると、火まつりをはじめ、古くから伝わっていることを伝承してゆくことも難しくなって来るのではないかと心配です。

もちろん形や方法を教えてもらい、何度か繰り返す事で、いろいろなことができるようになるでしょう。それも伝承してゆく上ではとても大切な事です。しかし、毎日その土地で生活して、おじいさんおばあさんやお父さんお母さん、そして近所の人がが行っていることを小さな頃からいつも見聞きし、肌で感じる環境にいることで、表に現れた形の底に流れる心を含めて感じることにつながる気がします。このことが伝承するうえで大切なこという気がします。

目に見える形や姿もそうですが、そこに至るプロセスや、姿形の根底にある心を大切にすることを忘れないようにしたい思うのです。私はうっかりしていると、目に見える形ばかりに気がとられがちなので、目に見えない心やそこに至るプロセスを丸ごと感じることを心がけようと思います。

姿や形となって現れていることの底には何かしらの意味があるのです。ともするとその意味が見えなくなってしまうことがあります。毎日同じように行っている事などは特にそうです。毎日掃除をしていると、本来の目的であるまわりを美しく清める事を忘れて、同じ所を拭く事が目的になりがちです。そうすると、床は拭くけれども、棚の上にほこりがたまっていても気付かないといったことが起こりがちです。なぜそのことをしているのか、なんのためにしているのか、常に自分に問いかけていたいと思います。

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